指揮

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今年は偉大なる指揮者、“帝王カラヤン”生誕100周年にあたる“カラヤン・イヤー”となっていますね。

私もはじめて聴いたクラシックが、カラヤン/ウィーン・フィルの新世界でした。
以来、カラヤンにはずいぶんとお世話になりました。




生前から何かと話題になり、痛烈な批判をする評論家の方もいらっしゃいました。

大体、できる人はできない人をあまりとやかく言いませんが、できない人に限ってできる人のことをとやかく言うものです。
自分にもできると錯覚するのでしょう。
辛辣な評論家ほどそういうものです。

「カラヤンはカフェの音楽だ」とか、「バックミュージックの”帝王”」などと、私から言わせると、「じゃああなたがやってみなさい」と言って指揮棒とスコアをわたし、ベルリン・フィルの前にその人を放り投げたい気持ちでした。

思えば私の評論家嫌いはそのときに始まったのではないかと思います。


そんな批判はありましたが、ベルリン・フィルと築き上げた栄光は永遠に人類の歴史に語り継がれていくことでしょう。
誰がどう言おうが、人類が誇る名指揮者です。

「カラヤンってどんな人?」という方は下記のYahoo!の特集をご覧ください。
大変わかりやすいと思います。
http://www.barks.jp/news/?id=1000038782
http://music.yahoo.co.jp/shop/p/12/55241/


私が聴いた、忘れえぬカラヤンの名盤(?)をいかにご紹介します。

いずれも私にとっては青春を共に過ごした、忘れえぬCDです。


まずはチャイコフスキーの3大バレエです。
カラヤン/ベルリン・フィルに対する攻撃の口実のひとつが、「リズムが悪い」ということが挙げられます(コンサート・マスターのミシェル・シュヴァルベも、酔うといつも口癖のように言っていたそうです)。
この演奏もそういった箇所が見られますが、それを凌駕して素晴らしい!
とにかく熱い演奏です!
この録音時、ベルリン・フィルの団員が燃えまくっていたらしい、という話を吹奏楽部の先輩に聞きましたが、真偽の程は定かではありません。

 



次は私が初めて聴いたホルストの「惑星」で、いまだに手放せないCDです。
美しさとダイナミックスさを兼ね備えた、素晴らしい演奏だと思います。
メータ/ニューヨーク・フィル盤も好きで、「惑星」の2大横綱と言えます(私の中で)。

 



次は友人の奥様からプレゼントしてもらった「ベートーヴェン交響曲全集」。
1番から9番まで演奏の質が非常に高く、各交響曲ごとでしたらこれ以上の演奏があるにしても、全曲録音でこんなに質が高い演奏はまずないと思います。
ぜひ持っておきたいディスクです。

 



次は「展覧会の絵」です。
いろんな盤を聴きましたが、やはり圧倒的なサウンド。
スピーカーから爆風が飛んでくるかのような演奏です。
音楽を実に立体的にとらえ、あたかもそこに生きた登場人(?)物たちがいるかのように聴く人のイメージをかきたててくれる演奏です。





キリがないので最後にします。
カラヤン生前最後の演奏、ブルックナーの7番が白鳥の歌となりました。
すでにベルリン・フィルとは決別し、晩年はウィーン・フィルとの録音が残っています。
ウィーン・フィルは指揮者によって多様なサウンドを生む楽団ですが、死の直前の老指揮者のどこにこんなパワーが残っているのか…とてもみずみずしく、生気あふれる、力強い演奏です。
カラヤンの、最後を確信したかのような崇高な響き…。
ウィーン・フィルも、それを察したかのような渾身の演奏…。
言葉を失う、まさに天上の神のような音楽です。





他にも名盤は数多くありますが、極めて個人的な感慨や独断で選んでみました。

今年はカラヤンの録音を多く聴き、評伝なども読んでみようと思っています。


指揮の打点はひとつですが、これを大きく分けると2つの性格に分けられます。



指揮棒を下ろしながら指揮している。

指揮棒を跳ね上げながら指揮している。



下ろしたときは音楽に重みがかかります。

跳ね上げたときは音楽が軽くなります。



そんなの当たり前だと思ったあなた。

試してみてください。



指揮者は場面ごとに上下どちらで振っているのか、意識して振る。

演奏者は指揮者が今、上下どちらに振っているか意識して見ながら演奏で表現する。



それだけでどんなに音楽が変わることか。

指揮を学ぶのは大変難しいことだと思います。


なぜなら、これほどに教わる方法の少ない音楽ジャンルはないからです。

しかも指揮という行為はただ単に図形を振ってテンポをあわせるだけではなく、音楽の再創造に関わる諸問題を演奏者とともに、演奏者たちを統率しながら統括していく行為だからです。

故に指揮者には音楽や芸術に関する幅広い知識と教養、各楽器の奏法や限界、スコア・リーディングや編曲に関する知識、正確なバトンテクニックなどが要求されます。


指揮に関する本がたくさん出版されていますが、やはり大御所は「指揮法教程」(斉藤秀雄 著)です。

世界で初めて、指揮のテクニックに関する著述である本書は、主に全体の体の使い方と右手のテクニックについて述べられています。

練習課題もついていて、ピアノを少し弾ける方がそばにいれば練習できるようになっています。


私も高校生の頃、学生指揮を任され、この本に取り組みました。
基本的なテクニックは網羅されていて、本書で勉強をすればかなりのバトンテクニックが身につきます。

世界中で広く愛されている本です。

この本と指揮棒、そして鏡(全身鏡)が私の「指揮者3種の神器」でした。



ただし、やはり指揮というのは実際の楽団を目の前にして、実践の中からいろいろなコツを掴み取ることが一番大事です。


あと誰が言ったのかは思い出せませんが、興味深いコメントとして「指揮者はなぜ尊敬されるのか?」という質問に対し、とある楽団員が答えた言葉があります。


「それは誰よりもスコアを勉強してくるからだ」


極めて単純明快、それでいてこれほど的を得た答えもありませんね。


誰よりも音楽を愛し、勉強し、深く理解するという態度こそ一番大事な指揮者の資質かもしれません。





厳密に言う指揮法では、拍子を分割して振るという方法は間違っているそうです。

たとえば6/8拍子を3拍子+3拍子で振る、など。
きちんと6拍子で振るのが正しいそうです。


ちなみにリタルダントするときも、拍を分割して振るのをよく見かけます。
分割ならまだしも、完全に図形をもう一度描くようなやり方がありますが、あれも正しくないそうです。


厳密性や、指揮という行為を科学的に検証した結果です。

もちろんこの限りではありません。


ご参考までに。